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『梅泉野録』 第1冊 上(1894年以前) ③ 22. 別入侍の 入直

『梅泉野録』 第1冊

上(1894年以前) ③

22. 別入侍の 入直
甲戌年(1874) 超に 高宗の 親政が始まったが, 中には 明成王后が主観して外には 閔升鎬が人を奉じて施行した.
明聖王后は総民と政略も豊かだったが, いつも 高宗の左右を去らないで 高宗この及ぶことができなかった事を手伝ってくれた. 彼ははじめから 高宗をかこつけて愛憎を勝手にしている途中その後のぼうずな行動がますますひどくて 高宗この返って彼の制裁を受けて ミンスン号街 大院君の伝横を懲戒して 大院君を失脚するようにした.
そして彼は 高宗に調整で 輿望がある大臣たちを選んで彼らが順に 入直しながら 機務に参加するようにしたが, これを 別入侍と言った
これに 金炳始, 金永寿, 金輔鉉, 鄭範朝, 尹滋悳, 趙寅煕 及び彼の弟 閔謙鎬 なども皆参加するようになった. 正犯組, ユンザドック, ゾインフィ などは少論だ.
それはナムインと北人がもう退いたうえでまた少論さえ抑制すれば誹謗が老論に帰って来るから, 中では 高宗この独断したことだと言い訳を打って外では少論たちがその間に挟まっていることを誇示して, 彼らの税横領を隠蔽して誹謗も無産させようと思ったのだ.


22. 別入侍의 入直
갑술년(1874) 초에 고종의 親政이 시작되었으나, 안으로는 明成王后가 주관하고 밖으로는 閔升鎬가 명을 받들어 시행하였다.
명성왕후는 총민하고 정략도 풍부하였는데, 언제나 고종의 좌우를 떠나지 않고 고종이 미치지 못한 일을 도와주었다. 그는 처음부터 고종을 빙자하여 애증을 마음대로 하다가 그 후 방자한 행동이 날로 심하여 고종이 도리어 그의 제재를 받아 민승호가 대원군의 전횡을 징계하여 대원군을 실각케 하였다.
그리고 그는 고종에게 조정에서 輿望이 있는 대신들을 골라 그들이 차례로 入直하면서 機務에 참여토록 하였는데, 이것을 別入侍라고 하였다
이에 金炳始, 金永壽, 金輔鉉, 鄭範朝, 尹滋悳, 趙寅熙 및 그의 아우 閔謙鎬 등도 모두 참여하게 되었다. 정범조, 윤자덕, 조인희 등은 소론이다.
그것은 남인과 북인이 이미 물러간 데다가 다시 소론마저 억제하면 비방이 노론으로 돌아오기 때문에, 안으로는 고종이 독단한 것이라고 핑계를 치고 밖으로는 소론들이 그 사이에 끼어있음을 과시하여, 그들의 세도를 은폐하고 비방도 무산시키려고 한 것이다.


明成王后의 專恣 / 別入侍 / 甲戌初, , 后聰敏饒權略, 常左右上, 補其不逮, 始猶藉上, 以售其愛憎, 旣而專恣日甚, 上反爲所制, 升鎬懲雲峴專擅而廢, 勸上選朝貴有時望者, 輪次入直, 參預機務, , 於是金炳始·金永壽·金輔鉉·鄭範朝·尹滋悳·趙寅熙及其弟謙鎬等, 咸與焉, 鄭·尹·趙則少論也, 盖南北旣退, 又詘少論, 則謗讟之至, 咸萃老論, 故內則諉上獨斷, 外以少論參錯其間, 欲掩其勢塗之跡, 而以之分謗也。
李最應 / , 升鎬推挽之, 爲領議政, 以敵大院君, 凡事可陳白, 而有難處者, 必使最應達之榻前, 最應甘爲之倀, 而餂其餘潤, 雲峴甚恨之, 甞徑至其寢, 褰帷, 熟視曰, 兄久不出, 豈有首陽大君陰謀乎, 時最應呈病在告也。
「肅·英兩朝, 多微行, 至今閭巷猶道之, 爲故談, 今上甲戌初, 朝野盛傳, 上頻作微行, 察民生疾苦, 庶幾祖宗之風, 想望太平在爾。」
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by naver007 | 2007-02-15 17:52 | ■梅泉野録 機械翻訳
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